蹄鉄は、いまから2500年ほど昔、欧州の一地方で発明され、それ以来、ウマの蹄を保護する大切な装具として、その基本的な構造や形をほとんど変えないまま現在に至っています。
いまでこそ、自動車産業の発展に押されて、ウマは運搬や動力源としての主役の座から姿を消し、競馬や乗馬などの限られた分野での活躍を余儀なくされていますが、そうなる以前は人々の生活に必要不可欠な家畜として、他の家畜よりもはるかに大切に扱われてきました。「蹄なければウマなし」と古来旨われているように、そんなウマの生命線とも言える蹄を守る蹄鉄は、ウマの大切さと相侯って人々の注目を集めてきたのでしょう。そのため、特に欧州では、今でも蹄鉄を「魔除け」や福を呼ぶ「御守」とみなす風潮と伝承が残されています。
<各地での伝承>
イギリス |
あるとき悪魔が一人の鍛冶屋を訪ね、悪戯をしようとしたが、鍛冶屋はたまたま作っていた蹄鉄のなかに、その悪魔を封じ込めて難を逃れたという。それ以来、人々は蹄鉄を門口に飾って、悪魔よけの御守として珍重するようになった。 |
伝承の背景 |
鍛冶屋は、硬い蹄鉄を自由自在に扱い、生活に必要な道具や武器を器用に作り出すことから、冶金学の知識に乏しかった当時の一般人からは、不思議な術を使う魔法使いのように思われ、畏怖されていたという。また、蹄鉄を装着することで、それまでに比べてウマの運動能力が飛躍的に伸びたことからも、その技術を駆使する鍛冶屋は、人々の尊敬を集めていた。このような時代背景が、蹄鉄の魔除け信仰を産み、広く一般に流布されたのであろう。 |
ギリシャ |
古代ギリシャ時代、王侯貴族は、自分のウマに金や銀でできた金属性の靴を取りつけて街中をパレードし、これが蹄から脱落したときは、拾った者の所有になったことから、ウマの靴を拾うと裕福になるという伝承が生まれた。 |
伝承の背景 |
当時は、釘で蹄鉄を打ち付ける現在の蹄鉄とは違って、サンダル型の靴をヒモで蹄に縛り付けるという稚拙な方法で対処していたことから、それが脱落する可能性が高かったこと、王侯貴族は脱落する靴を拾うことを目当てに自分のウマの後をぞろぞろと付いてくる人々を増やし、自分の威厳をアピールするための道具に利用したことなどが、このような慣習を産み、福を呼ぶ蹄鉄の伝承となっていったのであろう。 |
日本 |
日本で蹄鉄を用いるようになったのは明治6年以降。その歴史は浅く、欧州のような伝承や逸話はほとんどない。あえて挙げるなら「ウマは人を踏まない」という思い込みから、一部の人が、蹄鉄を車に取り付けて交通安全の御守にしていることであろうか。ただし交通安全の目的で蹄鉄を用いているのは、ここ日本だけである。 |
なお、蹄鉄を飾ったり、車に取り付けるときは、蹄鉄がU字型をしていることから、呼び込んだ福が逃げずに溜まることを願って、蹄鉄のつま先を下方に向けておくことが定番の慣習となっている。
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